着物美人

私がぜひオススメしたいコラムに、
日経Bizアカデミーの『プロのしゃべりのテクニック』がある。

これは、フリーアナウンサーの梶原しげるさんが連載しているもので、
旬なネタをチョイスしてくるセンスもさることながら、
その話の展開が面白くてついつい読み進めてしまうものだ。

今回のコラムも梶原節というか独特の切り口が非常に面白かったのでご紹介をしたい。
<コラムはコチラ↓>
http://bizacademy.nikkei.co.jp/business_skill/shaberi/article.aspx?id=MMACi8000028052015

 

【高学歴もコンプレックスになる?!】

まず、冒頭には立川志の輔師匠のお弟子さんの立川志の春さんを題材にした話の展開である。
この方は英語落語という独自の武器を確立させて、今や注目の二つ目と言われているらしい。
(この記事を読むまでとんと知らなかった。汗)

そんな志の春さんだが、なんとあのイェール大学の卒業生らしい!

え? そんな大学知らないって?
実は私も全然知らなかった(笑)

早速グーグル先生で調べてみると、世界大学ランキングなるサイトを発見。
なんとアメリカのハーバード、イギリスのケンブリッジに次ぐ世界第3位の超難関大学らしい。

ま、ま、マジか。。
と、自分の知識の低さに愕然とした。
穴があったら入りたいとはまさにこのことである。

まぁ、だからこそそんな大学には行けないんだけれども(汗)
もし行けたらさぞ自慢だろうなと思いきや、なんと、立川志の春さんはコンプレックスなんだそう。

なんでも、大学卒業後に入社した三井物産時代に、
たまたま立川志の輔さんの落語を聞いて感銘を受け弟子入りしたと。
落語家に転身したらそんな学歴なんかはなんの役にも立たなかった。
むしろ、学歴を話すだけで相手やお客様に自慢ととられて不快だとか嫌だと思われる可能性があるとのこと。

なるほど。合点がいく。
自己紹介という名目でそんな自慢をタラタラ話された後では笑えないわな。
例え、そんな高学歴を投げ打って芸の道に人生をかけたとストーリーだてて話したとしても、
たかが前座でそんなことを言ったら上から目線に聞こえるかもしれない。
「いや、そんなん一瞬の気の迷いでしょ。どうせ落語家がダメなら他の道もあるんでしょ」と。

「たとえ事実でも、相手が自慢話だと思ったらそれは自慢話だ」という感情は、
お客様の反応を意識する落語家ならではだなと感じた。
大体、落語家がまくらで自分の体験を話す時は失敗した話や馬鹿馬鹿しい話である。
人が笑う要素の一つには優越感を感じた時というものがある。
これは、例えば貧乏話は最たるもので、
「そんな物も買えないの?」とか、「そこまでケチケチするか?」とかといった反応そのものである。

【自慢はセクハラと同じ?】

加えてどうやら日本人は自慢話を良しとしない文化というか、風潮がある。
慎ましく、控えめで、礼儀正しい人。それが好まれる国民性である。
自慢話のような自己主張や自慢話に聞こえるような話しを平気でしてしまう空気を読めないやつは、
あえなく嫌われてしまう。
これは、まるで相手はそう思ってないのに、やられた側が嫌だと感じたらセクハラになるというものに似ていると論じている。
これはなんとも上手い表現である。

だが、一方でこういう表現には危機感も覚える。
なぜなら、自慢話以外でも当てはまり、それを多用する輩が出てくるからである。

「あー!それセクハラだー!」
「あー!また、それもセクハラー!」

もう何を言ってもこの反応。ウンザリである。
そういうように使っていただきたくはない。
とはいえ、こういうものを使わないというのも日本人の粋なところである。
「それを言っちゃあおしまいよ」といったものである。

 

【日本人はなんとも難しい生き物だ】

 

「日本人はなんとも難しい生き物だ」 とは、外国から来た人の感想である。
わびさびや気遣い・心遣いに始まり、今ここでそれを言ってはいけないといった
空気を読むなどの微妙なニュアンスが難しいそうだ。
前出の”粋だ”という言葉にも当てはまる。
外国人にとっては、絶対に理解されないだろう。

また、このコラムでも最後に”間接自慢”というものを紹介している。
直接自慢が出来ないから、自慢をオブラートに包んで、間接的に自慢を伝えるという方法だそうだ。

事例で、ある女性が
「今、東京タワーが見えました!」
と写真つきでFACEBOOKに投稿したとする。

チラッと、写真の端に彼氏とおぼしきハンドルを握る手が写り、
加えて、車のフロントガラスが右側で外車に乗っていることを連想させる。
つまり、外車を持っている彼氏とデート中という自慢を間接的に伝えているということである。

これは、さすがに「あるある。」とうなづいてしまった。

やはり、FACEBOOKをやっている上では、
少なからず「これを見た人はどう思うかな」って思いながら投稿をする。
あんまり考えすぎると何も投稿出来なくなってしまうのだが(汗)
それに、皆さんもあるはずだ。
何度となく投稿を作っては消してしまったことが。

「いや、これは今のハイテンションで書いてはダメだ。明日の朝に起きた時に必ず後悔する」
とか、
「すごく嬉しいことだけど、これを投稿したらどう思われるかな。あの子はこうで、あの子はああで・・・・・・」
等、色んな思いが複雑に絡み合ってしまう。
その結果、削除ボタンを押してしまうのである。
でも、というか、だからこそというか、
日本人はこれだけ複雑な心を持っているからこそ、
細かい気配りや”おもてなし”と言われるサービスを出来るのだとも思う。

立川志の春さんのコンプレックスの話から、自慢話がセクハラになるというところまで
だいぶ渡り歩いては来たが、やはり日本人は愛すべき人種である。
「相手がどのように感じるかな?」という感情は、相手に良く感じて欲しいという感情の裏返しであるし、
「昨日こんなことがあってね」という自慢話は、共感して欲しい。という村社会の日本ならではの感情かもしれない。

なんて、周りを気遣える素敵な人種だろうか。
やっぱりもう一回生まれ変わっても日本人になりたいなと心から思う。

幾ら外国から色んな文化や考え方が流れ込んできても、
変わらない日本人ならではのアイデンティティがあるのではないかと
思えたコラムでもあった。

いや、金曜の夜にたまにはこういう締めくくりもよいかなと。
それと、梶原しげるさんのコラムは非常に面白いからオススメである。
雑学チックな部分が多いけれど、違った角度から物を見るということを教えてもくれるから。