edojidai

 

※天狼院落語部、第2シーズン突入を記念して※

 

「はい! 高座に上がってみたいです!」
忘れもしない去年の5月の天狼院落語部。
まだ少し肌寒かったことを覚えている。
記念すべき第一回目。

 

やはり、”初回”というのは特別で、妙なワクワク感に満ち溢れているから好きだ。
ことさら、今回はプロの落語家が来て3席も噺をしてくれる。しかもただの落語家ではない。
あの、「立川一門」の立川談志の直系のお弟子さんである。

立川談志は生前、どうしても寄席に行きたかった落語家の1人だった。
「いつか、いつか」と思っているうちに、
その夢が叶わぬうちに他界してしまった。
後悔先に立たずとは、まさにこの事である。
人間は、気軽に行けると分かると、途端に興味が削がれるらしい。

小学校のすぐそばに住んでるやつが遅刻する、あの理論である。
そこへ、憧れの立川談志のスピリットを受け継いだお弟子さんが来るとあって、
もはや何かしらの運命的なものすら感じていた。

 

・・・・・・ふと我にかえると、順番があともう1人という所まで来ていた。
こういう回想をしてしまうのは、いつも決まったシチュエーションがある。

自己紹介の時間である。

根っからのあがり症の僕はもう始まった瞬間から大体ドキドキしだすほどの小心者だ。

しかも、他の人は大抵上手なのでさらにドキドキは高まるばかり。
だから、こうやって現実から逃避するという術を身につけたのだった。

だが、意識の片隅に微かに聞こえてくる自己紹介では、各々が落語エピソードを交えて話していた。
どうやら、この回想も幾らかは足しになりそうである。
とホッとしてしまうと、
今度はついつい他の人よりもインパクトある事を語ってやろうと、じゃじゃ馬な性格が疼きだし始める。

やめりゃあいいのに思いつきのネタを入れ込んで笑いを取ろうとか、
『座布団一枚』的な上手い事を言ってやろうと色々思案し始める。

そうこうしているうちに、順番が回ってきて結局は考えたものを発表する度胸もなく、無難な自己紹介を終えるのだ。
なんてチキン野郎なんだと自己嫌悪になる。
だから、自己紹介は余計に嫌いだ。

無事に全ての参加者の自己紹介が終わり、続いて天狼院店主の三浦さんがおもむろに話始める。

「ちなみに、落語やりたい人いますか?高座にあがってみたい人」

三浦さんのこの投げかけに書店内がザワつく。
それもそうだ。この中の誰1人として、この質問が来るとは予想していなかったのだ。
今、目の前でプロが演じたものを見て、すぐさまやりたいと思えるほど、そんな空気が読めないやつはいない。
参加者みな、一様に各々の顔を伺って動揺を隠せない。

そんな中、僕の中のリトル陸奥亭がこう囁いた。
「さっきの自己紹介でインパクト残せなかっただろ? 行けよ! ほら!」

その声に促されるように、
「はいっ!」 と、僕は手を挙げた。
周りのみんなが一斉にこちらを向く。

周りからは、冷ややかな視線と共に
「えっ!いやいや、無謀でしょ!」
「うわー挙げちゃってるよ、こいつ」
とそういうような心の声が聞こえた気がした。

それでも関係無かった。
ここで手を挙げる事が自分を変えるキッカケになるような気がしたからだ。
自己紹介ですら何も面白い事も言えないインパクトが無いダメ男にウンザリしていたこともあるかもしれない。
いずれにせよ、もう後戻りは出来ない。

そうして、僕は高座に上がることになった。

あれからちょうど1年になる。
実際に僕とお会いした方はお分かりだろう。
言葉がこもりがち。喋りも上手ではない、というかむしろ口下手ですらある。
嫁にも、常に無口でうんうんとしかうなづかないと怒られている。
こんな人間がとても人前で演じることが出来とは思えない。

それが、よもや演目を覚えて毎月毎月、
みんなの前で落語を披露したり、
陸奥亭鈴五などと芸名をつけてブログまで立ち上げてしまうとは想像出来なかった。

おかげで落語仲間も沢山出来た。
ブログ投稿を見てくれた、プロの落語家の方からも温かいメッセージをいただいた。
久しく連絡していなかった友達から連絡が来るようになった。
話のネタに、お客様との会話も増えた。

何より、落語部は僕にとっては毎月一度の楽しみ。
本物の芸に触れ、また自らもトライ出来る。なんて素敵な空間だろうか。

2015年10月には豊島公会堂での天狼院イベントで、落語を披露するということも決定した。
もう着物まで準備してしまった。
勢いとノリでここまで来てしまったが、本当にもう後戻りは出来ない。
何より落語が大好きだ。

そして、落語を学ぶ事で確実に僕の仕事もレベルUPしていた。
私生活も充実して楽しくなった。
確実に嫁とも会話が増えた。

仕事が出来る人ほど落語を好むというそのメソッドを体現出来ているのだろうか。
けれど、今はあまり細かいことを考えようとは思わない。事細かに分析し出すと、途端に面白みがなくなるものだ。
それに、そんなのは江戸っ子ではない。純粋に人生を楽しめばいいのだ。
それが粋というものだ。

「笑われるまでピエロさんざ泣き」
これは生前に立川談志がよく色紙に書いた言葉だそうだ。
この先には辛いことも待っているかもしれない。
けれど、たった1人でも笑ってくれるような、強烈に刺さるような落語を披露してやりたいと思う。